The New England Journal of Medicine

創刊200周年記念 特別対談

世界トップレベルの医学雑誌と医療の未来

近代医学の進展に大きな役割を果たしてきた世界的な週刊医学雑誌「The New England Journal of Medicine(NEJM)」が創刊200周年を迎えた。高い評価を受けてきた秘密はどこにあるのか、今後の医療とNEJM の可能性は……。
NEJM にかかわりのある3人の先生に語り合っていただいた。

(写真)左から 井村 裕夫 氏、北島 政樹 氏、北村 聖 氏。
(写真)左から 井村 裕夫 氏、北島 政樹 氏、北村 聖 氏。


NEJM とその歴史


北島 政樹 氏
きたじま まさき
北島 政樹 氏
国際医療福祉大学学長、NEJM 編集委員
専門は、消化器外科。慶應義塾大学病院病院長、慶應義塾大学医学部医学部長、日本内視鏡外科学会理事長、万国外科学会会長、国際消化器外科学会会長などを経て現職。


北村 NEJM は世界で最も古い医学雑誌です。歴史的エピソードも多く、医学界への貢献は計り知れません。

井村 創刊された1812 年はナポレオンがロシアに侵攻した年です。少し後に聴診器が登場するなど、臨床医学の勃興期でした。

北村 医療先進のヨーロッパでなく、なぜアメリカで創刊されたのでしょう。

井村 後進国として医学レベルを高めたいということもあったでしょう。

北島 ヨーロッパへの強い競争意識もあったと思います。

井村 創刊号には狭心症の論文が載っていて、冠動脈の石灰化について述べられています。日本は江戸後期の頃。その先進性に驚きます。

北村 買収・統合を繰り返し、出版事業と編集を分離するなど、事業経営面でも画期的な手法を導入し、今日の地位を築き上げてきました。

井村 京大の医学生時代、アメリカ文化センターで初めて閲覧したNEJM は雲の上の存在でした。尿崩症の新概念に関する論文掲載が縁で当時編集委員になりました。

北島 私はアメリカ留学中に接して、インパクトのある内容にびっくりしました。帰国後は自費で購入しましたが、当時は船便のせいか水に濡れた雑誌が届くこともありました。編集委員就任の要請を受けた際には、医局員に「大学医学部長より価値がある」と言われたのを覚えています。

井村 NEJM の素晴らしさは、アカデミズムと医療を受ける患者さんの利益に立脚しながら、一貫して厳選された質の高い臨床医学の先駆的な情報を提供し続けてきたことです。

北村 科学文献引用頻度が極めて高いのはそれを物語っていますね。日本では、総代理店を務める南江堂洋書部が、16 年以上にわたり論文の日本語抄録を提供し、多忙な医師に大変役立っています。


時代の流れに即応

北村 現在、世界177ヵ国約60万人の人に毎週読まれ、先進性は今も受け継がれています。オンライン版も他誌に先駆けて導入され、発展途上国では無料で閲覧できます。

北島 iPhone やiPad などには画像・動画を含むアプリケーションがあり、医学生の自習にも役立っています。

北村 YouTube にはビデオチャンネルがあり、Facebook やTwitter も全世界に何万人ものファンがいて、多数の書き込みや交流が活発なようです。

北島 感心するのは常に前向きなことです。NEJM は世界の医学生を集めて、将来の医 学雑誌のあり方などを議論しています。

井村 基礎研究の紹介だけでなく、それが臨床で患者さんにどう提供されているかがよくわかります。医学の進歩にはその両輪が必要です。最近は、政策的な論文も紹介されていますが、時代に合った対応だと思います。


井村 裕夫 氏
いむら ひろお
井村 裕夫 氏
公益財団法人 先端医療振興財団理事長、日本学士院会員、元NEJM 編集委員
専門は内分泌代謝病学。77年京都大学医学部内科教授。91年~ 97年京都大学総長。2001年総合科学技術会議議員などを経て現職。


遅れる日本の臨床研究

井村 臨床研究は日本が一番遅れている分野で、NEJM への投稿も圧倒的に少ないのが問題です。論文の内容も論旨が不完全なうえ、臨床研究のデザインやプロトコルが未熟といえます。

北村 患者さんに質の高い医療を提供していくうえで不可欠な臨床研究が、進展しないのはなぜでしょうか。

井村 臨床研究は疫学、統計、ソフトウェアなど多様な専門家が必要ですが、人材がいないため、専門の大学・大学院の必要性を訴えてきました。一部導入されていますが十分ではありません。

北島 研究機関が分散しているため、拠点を集約し機能を高める必要があり、井村先生が率いる財団では、先端医療の基礎と臨床の橋渡しをされています。

北村 井村先生は次回の日本医学会総会の会頭を務められるため、臨床研究の気運が高まり、さらなる発展に繋がることが期待されますね。

井村 私の財団はギリギリの資金で運営してますから、国の強力な後押しも必要です。

北島 韓国や中国では国家プロジェクトとして臨床研究などに取り組んでいます。新しい治療法も、大学教育にフィードバックし、大学間で連携して普及を支援するなどのシステムづくりが重要だと思います。

井村 わが国では、研究というとラットなどを用いた基礎研究が本流で、目立った結果が出にくい臨床研究は業績としてあまり評価され ません。

北島 臨床研究も医師の立派なキャリアパスにすべきだと思います。

井村 国際化の中で留学生が激減するなど内向き傾向なのも気になります。臨床研究には手間も時間もかかりますが、安全性、有効性を科学的に評価しない限り、患者さんにとって活きたものにならないことをすべての関係者にも理解してほしいものです。


北村 聖 氏
きたむら きよし
北村 聖 氏
東京大学医学教育国際協力研究センター教授、NEJM 日本国内版翻訳監修者
専門は、血液学、免疫学、臨床研修。95年東京大学医学部附属病院検査部副部長。2002年より現職。


医療の変革とNEJM の未来

北村 医学・医療の進化は急速です。どう未来につなげればいいでしょう。

井村 ノーベル賞を受賞した山中伸弥京大教授の研究に象徴されるように、医療は新しい時代に入っています。今後は個別の患者さんに対応する医療が主流になると考えます。

北島 患者さんにより負担の少ない低侵襲医療や個別化医療は、大学のプロジェクトでも指向しています。

井村 多数例で評価されるEBM(根拠に基づく医療)重視から、患者さんのQOL(生活の質)を重視した、複数の治療法について相対評価が重視される時代になるでしょう。

北村 臨床の現場も変わりますね。

井村 少子高齢化も一層進展するため、保険財源など限られた資源をいかに有効活用していくかが重要になります。

北島 人材についても、今後はチーム医療がますます必要とされますが、多様な専門性を持ったスタッフの育成も課題です。NEJM は、こうした医療チームにも勉強の場、研鑽の場を提供してくれるメディアです。

井村 現代は疾病構造もグローバル化しています。たとえば糖尿病は、発展途上国でも激増しています。生活習慣の変化も原因ですが、臨床研究テーマはたくさんあるはずです。国を挙げて研究に取り組むべきでしょう。

北村 臨床研究の取り組みが広がれば、日本からの論文も多く掲載され、医学・医療界の刺激となり、さらなる前進を促します。 NEJM が世界の医学情報のナンバーワンメディアとして、私たち医療関係者にとって刺激的で、患者さんに還元できる有益情報を、今後も提供し続けることを期待したいと思います。


主要医学雑誌のインパクトファクター
  2009 2010 2011
NEJM 47.1 53.5 53.3
Lancet 30.8 33.6 38.3
JAMA 28.9 30.0 30.0
Ann. Int. Med 16.2 16.7 16.7
BMJ 13.7 13.5 14.1
Source: Institute for Scientific Information, Journal Citation Reports, 2011

※ある特定の雑誌が1論文あたり平均何回引用されているかを算出した数値で、雑誌の影響度を示す指標。

2012年11月18日 読売新聞掲載広告
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